モワサックからリモージュへ
今日の旅程はモワサックを見て、車で240kmリモージュへ。モワサックを中心に紹介していく。
モワサック 最近、フランスのロマネスク美術には興味がある。そこにはルネサンス以来の写実的表現でなく、プリミティブで力強く、時にはユーモアのある特異な表現が見られるからだ。今まで、ヴェズレー、オータン、コンクなどは見たのだが、モワサックにぜひ行ってみたいと思い、今回はアルルの帰り道、少し遠回りになるのだけどあえて計画してみた。今朝の出発地のピュイコルネからは20kmくらい、途中ラ・フランセーズという村を通り、30分くらいで、モワサックに着いた。
モワサックはル・ピュイから始まるスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラに向かう巡礼路にある。その修道院と付属教会は1998年にユネスコ世界遺産として認められたフランスの巡礼路の多くの場所の一つとして登録されている。
サン・ピエール教会 モワサックの修道院は6世紀フランス最初の王クローヴィスにより作られたと伝えられるが、実際には7世紀カオールの司教の聖ディディエが作ったという。アラブ人、ノルマン人の侵入で弱体化したが、11世紀にクリュニー修道院の援助を受けて大きく発展するが、その後またアルビジョワ十字軍の戦争、百年戦争、宗教戦争で打撃を受け、ついにフランス革命ではさらに傷めつけられ閉鎖されてしまう。19世紀の鉄道建設では修道院の敷地は二つに割られてしまった。現在再興され、付属教会と回廊が見られるだけでも幸いである。
サン・ピエール教会入口 旧修道院付属だったサン・ピエール教会は11世紀に建てられ、15世紀に付加、改築され現在の姿になった。外部の見どころは南入口玄関。タンパン(半円形の部分)はロマネスク美術の最高傑作と言われ、ヨハネの黙示録第4章を表わした「栄光のキリスト」のシーン。その回りに4人の福音史家、24人の長老がキリストに視線を向けて配置されている(下写真)。
タンパン
中央の柱 エレミア像 タンパンの下中央の柱の正面(南側)はX形に交わる2匹のライオンが上下に3組、横面には聖パウロとエレミアが彫られている。後者は特に傑作と言われているのだが、前もって勉強していなかったので、大事な作品と知らず正面からの写真を撮り損なった。それが返って幸いしたか、斜めから見ると縁の波形の曲線が実に美しい。この柱が1つの石でできているというのもすごい。
苦しめられる淫乱の女 この淫乱の女性の彫刻のことは馬杉さんの本(下:参考文献)に出ていたので、親近感があった。かなり傷んでいてリアルな感覚は受けなかったが、やはりじっくり見ると、裸体の女性自体のグロテスクな姿に蛇やカエルが乳房や性器に噛み付く、相当に残酷、無気味な世界だ。
他にいくつか入口の写真を紹介する。
入口両側にある教会の守護聖人ペトロ(左)と預言者イザヤ(右)像
入口右上から、聖家族のエジプト逃避教会内部 
教会内部に入るとその黄色っぽいその明るい感じに驚かされる。それは下の写真のように壁中に編み目のような模様が描けれているためだ。タッチが分かるようにアップで示したのだが、この点描法のような感じは当時からあったのだろうか。それとも1963年に改修された時に塗り変えられたのか。もし19世紀中期の印象派の画家が現れる前だったら興味深い。

内部全体の感じはゴシック式の感じで、ロマネスク時代のものは外陣の土台部分など一部に限られている。回りには主に15世紀の木彫や石彫が幾つか置かれていた。
左に聖ヨハネ、中央ピエタ像。右がマグダラのマリア
前の写真のピエタ像の部分 上の写真は15世紀のピエタの石像。左右の聖ヨハネ、右のマグダラのマリアを見てほしい。頭でっかちの表現が面白くユーモアがあり、今日の一部のマンガに共通するところがあるのではないか。


この石棺は4世紀にピレネーの大理石で作られたもので、13世紀に修道院長の遺体を入れるために再利用された。側面中央にキリストを表わすシンボルが描かれている(左写真)。この図形は本では見ていたが実際初めて目にした。キリストをギリシャアルファベットで表記した時の最初の二つの文字、XとPを重ねたものの左にアルファ右にオメガの文字が置かれている。アルファ・オメガはキリストを意味している(ヨハネ黙示録22章13に「私はアルファであり、オメガである」とある)。

この木彫りの彫刻、なにかルーブル美術館で見たメソポタミアやエジプトの石のレリーフに描き方がとても似ているので取り上げてみた。王様が椅子に座り、そこに挨拶に向かうものたちのシーンが真横から描かれる。教会の内部というのはキリスト教の中心であるはずなのに、ケルト、オリエント、エジプト、アラブなどの異教的の要素が非常に多く見られるのは実に興味深いものだ。
回廊
モワサックの回廊は世界一美しいとさえ言われている。教会の後ろの広場にツーリストオフィスと並んで入口がある。有料だが、1回買えばその日は一度出ても何回でも入場できる。30分ごとにガイドが説明してくれるというので、かっての修道院全体の模型を見ながら待った。

ガイドさんは大学で美術史を専攻するという女子学生のルシルさん。幸い数人の少数なので分からない時は自由に質問できる。この回廊が出来たのが1100年というのが暗号で書かれている柱とか、76本柱にある柱頭彫刻についても詳しく説明してくれた。世界一かどうかはともかく、これだけ広く整然としている回廊は初めて見た。
ライオンと闘うサムソン 76の柱頭彫刻中、聖書や聖人の物語を表わしたものが46柱、これが時代順とかでなく、植物模様などの装飾柱頭とテーマを表わす柱頭が微妙に絡まって配置されている。個々の作品の表現の仕方も非常にシンプルで興味深い。これらの彫刻は工房でつくられているので、一つ一つの作品の作者は記されていない。

上は教会の横、回廊の後ろ側にある博物館に飾られていた。ガイドさんも言っていたが、かって回廊は丸天井であったことを示している。
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上はこれもかっては修道院の一部だった博物館を見たあと散歩して、線路の上の陸橋から撮った写真。線路の右にあるのは現在ロマネスク美術センターとその付属図書館になっている。これもかっては修道院の一部だった。鉄道の線路がかっての修道院を引き裂いてしまったわけだ。始めに見た修道院の模型は現在の回廊と教会よりずっと広い範囲に広がっていた。現在、アフガニスタンなどの過激イスラム教徒が世界的な遺跡を破壊して問題になっているが、フランス革命などでも同じような蛮行が行われていたわけだ。世界の歴史は「国破れて山河あり」でありしかたがないのかもしれないが、一体人間の歴史とは何だろうとふと考えてしまう。

散歩のあと少し離れた広場でのカフェでサンドイッチの昼食、もう一度回廊を見たあとモワサックを後にした。
リモージュへ モワサックをゆっくり見てしまったので、時間がなくなったが、途中の奇麗だと言う丘の上のロウゼルトという村に寄ってみた。
ロウゼルトの丘の上の広場
見晴しのいい自然の中の道があった この後、カオールの先で、高速に入り、目的地のリモージュの郊外のパナゾルという町の民宿に着く。都市のすぐ近くなのに、自然の中。民宿の敷地はもの凄く広い。夜は食事はでないのだが、キッチン付きなので、スーパーで買物をして、夕食は簡単にすませた。
パナゾルの民宿==========================
参考文献
-「黒い聖母と悪魔の謎」馬杉宗夫著 1998年 講談社現代新書
- 書くにあたってたまたま検索で見つけた
http://www.geocities.jp/existenzerhellung/text/france_romanesque/saint_pierre.htmlは良く出来ていた参考になったが、残念ながら作者がでていない。